CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちのご協力のもと、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。
【人的資本経営ストーリー作成塾】では、事業創造大学院大学 一守靖教授から、人的資本経営や人的資本経営のストーリーを作成する上でのポイントなどを解説していただきます。
第5回は、引き続き「人的資本経営モデル」についてお届けします。
人的資本経営モデル 3/5
今回は、「人的資本経営モデル」(図1)のうち、「個を強くする」という点について考えてみたいと思います。
「個」を強くするうえでまず考えるべきは、「強い個」を採用することでしょう。
ただしこの時、どのような「個」が強いかは、企業にとって異なるということに注意が必要です。
一般的に「強い個」というのは、その専門性の高さに着目しがちです。しかし、企業に求められる専門性がこの先も継続的・安定的に続く業界や企業もあれば、そうでない業界・企業もあるでしょう。
前者は、専門性の高い人を採用し、採用後は専門性を深化させる人材マネジメントが有効でしょう。一方後者は、変化への対応力や新たなことを素早く修得する能力などが重視され、採用後は様々な機会を与えて経験の幅を拡げていくような人材マネジメントが有効になるでしょう。
それでは「個」を強くするにはどうすれば良いのでしょうか。
『Strategy and Human Resource Management』の著者であるボクサルとパーセル(Boxall & Purcell,2003)は、従業員のパフォーマンスは、従業員の能力とやる気、機会の関数であると考えました。
従業員の能力が個人のパフォーマンスを予測できる強力な要素であることは、多数の研究で明らかになっています。ではこの能力とは何でしょうか。
“能力(Ability)”は、“知識(Knowledge)”と“スキル(Skills)”からできており、それは人間が持つ“その他の属性(Other characteristics)”の影響を受けて発達するといわれています。これは、それぞれの頭文字をとって「KSAO」という概念で示されます。
もう少し補足すると、知識とは、職務を遂行するために必要な情報であり、スキルは、職務を遂行するために必要な個人のワザです。これらが相互に影響しあって蓄積され、能力になります。この時、人によって知識やスキルの修得の速度や程度が異なりますが、それは人ごとに知識やスキルを修得しようというモチベーションや理解度に差があるからです。こうした、職務を遂行するための知識やスキルの獲得に影響を与える性格的特徴などが、その他の属性とされています。
この点について、ゴルフを例にとって説明してみましょう。
初めてゴルフをやる人は、まず入門書などで簡単な基礎知識を学びます。例えばクラブの持ち方やクラブの種類などについてです。次にゴルフ練習場などで、実際の打ち方(スキル)を磨きます。ドライバーを打つスキルとパターを打つスキルは異なるスキルです。そうした個々の技術を修得していくと、それらを統合して能力が高まってきます。基本的なスキルを修得してある程度能力が高まれば、次はいよいよゴルフコースに出かけます。ゴルフコースでは自然の中でプレイするため、地形の変化や風の影響に対応しながら、スキルの幅を拡げて能力拡大を図ります。
上手くなるためのアプローチや時間軸は人の特性の影響を受けます。
物事に熱中しやすいタイプの人は、時間さえあれば自分でゴルフの本を読んだり動画を見たりして他の人よりも早く良いスコアを出すことを目指すかもしれません。また、別の人はプロのレッスンを受けながらじっくりとフォームを固めつつ、着実に能力を高めていく方法を選ぶかも知れません。
ところで、高い能力を持つ従業員が必ずしも高い業績をあげるとは限らないことを私たちは経験上知っています。
その理由の1つはやる気があるかどうかの問題です。いくら高い能力を持っていてもその人にやる気がなければ何も生まれません。
もう1つの理由は、能力のある人がそれを発揮できる場があるかどうかの問題です。いくら高い能力を持ち、やる気があっても、その人にやる機会がなければ何も生まれません。
すなわち、企業において個を強くするには、従業員の知識やスキルを高め、それにより能力が向上した従業員の「やる気」を高め、彼ら彼女らに対して「ふさわしい」仕事を与えることが必要なのです。
次回は、強くした「個」と「個」をつないで集団(組織)を強くするにはどうすれば良いかについて考えます。
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(参考文献)
Boxall, P., & Purcell, J. (2003). Strategy and human resource management. Hampshire, England: PalgraveMacmillan.
一守 靖(いちもり やすし) 事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授
慶應義塾大学経営学修士(MBA)、同博士(商学)。ヒューレット・パッカード、シンジェンタ、ティファニー、NCR等の外資系企業、ならびにbitFlyer等のベンチャー企業における人事部門の責任者としてジョブ型人事制度の導入、社員教育、組織文化の変革、人事部員の育成等を推進すると同時に、複数の大学院において教育・研究活動に従事。現在、事業創造大学院大学においてMBA学生を相手に「組織マネジメント/組織行動論」、「人的資本経営とDX」などを教えるほか、法政大学経営大学院兼任講師、富山大学大学院非常勤講師、ピープルマネジメント研究所代表を兼務。専門は人的資源管理論、組織行動論。
主な著書:「人的資本経営のマネジメント:人と組織の見える化とその開示」(中央経済社 2022年)
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