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【人的資本経営ストーリー作成塾】第12回(最終回)人的資本経営キャンバス(その5)


CHROFYは、「人的資本」や「人的資本経営」に関する専門家たちの協力を得て、人事・経営に役立つ情報を定期的にお届けしています。

【人的資本経営ストーリー作成塾】では、これまで事業創造大学院大学 一守靖教授から、人的資本経営や人的資本経営のストーリーを作成する上でのポイントなどを解説していただいてきましたが、第12回となる今回が最終回です。

 

前回までに、「人的資本経営キャンバス」の作り方について説明してきました。本連載の最後として、「人的資本経営キャンバス」を用いた企業の事例をお伝えしたいと思います。

この連載を行っている間に、私の人的資本経営に関する2冊目の著書『人的資本経営ストーリーの作り方-経営戦略と人材のつながりを可視化する』(中央経済社)が発売されました。この書籍では、「人的資本経営キャンバス」の使い方を、人的資本経営の推進に注力されている先進企業7社の事例をベースに紹介しています。

本連載の最終回では、上記書籍の中から、デザイン&エンジニアリング企業の構造計画研究所における人的資本経営についてご紹介します。

(1)「企業の存在意義」欄

構造計画研究所は、「Thought:社会と共に目指す未来像」と「企業理念」、「組織のありたい姿」がそれぞれパーパスやビジョンに相当すると思われるので、人的資本経営キャンバスの「企業の存在意義」の欄には次のように記入します。

企業の存在意義

【Thought:社会と共に目指す未来像】
Innovating for a Wise Future

【企業理念】
大学、研究機関と実業界をブリッジするデザイン&エンジニアリング企業として、社会のあらゆる問題を解決し、次世代の社会構築・制度設計の促進に貢献する

【組織のありたい姿】
Professional Design & Engineering Firm
自らの経験を基に、顧客の実状に合わせた技術や科学的知見を提供することによって高付加価値を実現する知識集約型企業

(2)「企業文化」欄

構造計画研究所の場合は、次のようになります。

企業文化

【知識集約型企業としての4つの行動指針】
「自律・自立・機動力」
与えられた仕事や責任の範囲を超えて、自分自身が決めたゴールに向かって強い意志を持って挑戦していく

「独立性の維持」
自分達が社会にとって必要と考えるソリューションを、自分たちの判断で、自分たちが蓄積してきた経験知をもとに解決する

「多様性の尊重」
ジェンダーや国籍、年齢による区別をつけない姿勢を持つことによって活き活きとした組織を維持する

「透明性」
各ステークホルダーに対して透明性の⾼いガバナンス体制、組織としての⽬標を所員全員で共有し、その⽬標達成を⽬指す

(3)「企業を取り巻く環境」欄

構造計画研究所の「株主通信」(2023年6月期)などを参照すると、次のようになります。

企業を取り巻く環境

・度重なる自然災害

・近年の地球温暖化に伴う大雨や台風の強度や頻度の増加

・IoT、ロボット、AIなど新技術の進展

・爆発的に増大するデータとその重要性の増加

・社会全体におけるSDGsやESG経営などサステナビリティに対する関心の高まり

(4)「経営戦略」欄

次に経営戦略を整理してみましょう。現会長の服部正太氏が2021年7月に会長に就任した際に掲げた4つのテーマが現在も同社の経営戦略の軸になっていることが窺えます※。

  1. 採用活動

  2. (当時スタートさせた)意思決定支援分野の再構築

  3. 100年企業を目指す上での事業検証

  4. 新規ビジネスへの投資事業

同社のビジネスは、顧客と会って課題を理解し、その課題解決のための最適なアプローチを提案するコンサルティングを中心としています。そのため、顧客と向き合う人材(同社では“人才”という)が会社にとって最も重要な資本であるという考えが創業以来根付いており、ゆえに「優秀な人才の確保と育成」が経営戦略のトップに位置するのは非常に同社らしい考えだと思います。

経営戦略

・今後のビジネスを担う優秀な人才の確保と育成

・付加価値向上と高い品質をベースとした既存事業の着実な推進

・中長期的な企業価値向上を目指した新たな事業の開発

(5)「人事戦略」欄

続いて、人事戦略を見てみましょう。

人事戦略

・多様な人才を採用し、その成長を支援し、良い仕事ができる環境を提供する

同社の創業者である服部正氏は、“「工学知」をベースに社会のあらゆる問題を解決する”という同社の存在意義を実現するためには、社会のいかなる問題にも対処できるように、総合的なバラエティに富んだ専門家を集めた工学を生業とした組織が必要であると考えました。以来、「多様な人才を採用し、その成長を支援し、良い仕事ができる環境を提供する」という同社の人事戦略は現在にも引き継がれ、それが「所員一人ひとりが良い社会の実現に貢献する」という同社の経営方針を支えているのです。

また、既に見たとおり、同社の経営戦略は「既存事業の着実な拡大」と「新規事業の開発」ですが、同社ビジネスには以下のような性質があります。

  1. ⼤きな資⾦を必要としない

  2. 製造業とは異なり、原材料などの調達、在庫などがいらない

  3. ビジネスのベースは知識、知財など無形資産のみ

  4. 経費の50%以上が⼈件費

これらを鑑みると、「人才」の確保、育成、環境整備が人事戦略のすべてであるという考えは経営戦略と連動した、とてもシンプルでわかりやすい人事戦略であるといえましょう。

(6)「人材マネジメントの課題あるいは方向性」欄

「人材マネジメントの課題あるいは方向性」欄はどのように記載すれば良いかを、構造計画研究所の例で見てみましょう。

人材マネジメント上の課題あるいは方向性

・企業文化にあった、多様な人才の採用

・所員が自由闊達に意見を交わし合い、活き活きと働ける場の創造

・徹底した情報開示によるオープンな社風の醸成

・一人ひとりに合った成長の場を用意する

上記の4つは、同社にとっての人材マネジメントの目指すべき姿です。普遍的な内容となっており、流行にとらわれずあるべき姿を追求する同社らしさがここにも表れているように思います。

上記にはやや抽象度の高い記入例を示しましたが、この欄にできるだけ具体的な課題あるいは方向性を書き出すことによって、次の欄に記入すべき人材マネジメント施策が思い浮かびやすくなるでしょう。

(7)「人材マネジメント施策」欄

構造計画研究所の人材マネジメント施策を、「人的資本経営キャンバス」に記入してみましょう。

人材マネジメント施策(個人の強化・集団の強化)

・採用方法の改善((オープン型採用、選考フローの変更、多数回の面談を通してのカルチャーフィット重視、 リファラル・アルムナイなどの活用、キャリア採用チームの強化、海外人才採用の強化)

・ミッションを共有し共感する施策の実施

・個人別の目標設定と運用管理

・MBB(Management By Brief: 想いによるマネジメント)の運用

・職場環境の充実(所員交流のためのカフェ、ライブラリなど)

・健康経営(定期健診、非禁煙手当、マッサージスペースなど)

・フラットな自立分散型組織の構築

・会社の成長に見合った報酬の実現

・年間10回を超える全社イベント

・MVA(Mission, Vision, Action)報告会の実施 ・社内表彰制度(個人およびプロジェクト対象)

・社内報発行

・複線型キャリアの導入 ・所員の希望をベースにした社内異動の実施

・定年制の廃止

・セミナー受講、書籍購入費補助

・大学、研究機関、パートナーとの連携による研鑽

・部門横断的なプロジェクトチームの活用

・働き方の選択肢を増やす場としての、子会社設立

(8)「人的資本指標」欄

構造計画研究所が選定している指標を見てみましょう。

人的資本指標

・所員基礎情報(年齢、勤続年数、年収、性別・国籍・採用区分別所員数・管理職人数/管理職比率など)

・採用人数(新卒/キャリア)、キャリア採用比率

・離職者数/離職率(性別・国籍・採用区分別、入社時期別)

・障がい者雇用人数

・エンゲージメントスコア(やりがい、満足度、評価)

・休暇取得状況(産休取得者数、育休取得者数、育休後復職率、男性育休取得率、有給休暇取得率、有休休暇平均取得日数

・労働分配率

・総付加価値(営業利益+人件費+付加給付)

・異動希望の実現率

・成長支援、育成に関する全社費用/時間

・エンゲージメントスコア(成長支援)

私は構造計画研究所が選択している指標のうちの「総付加価値」という指標は、人的資本経営の基本的な考え方である「人に投資をして企業を成長させる」という考え方に非常に合致している良い指標であると感じています。

特に構造計画研究所のように、総コストに占める人件費の割合が高い会社では、人件費を少し削ればすぐに利益が増加するため、利益確保のために人件費を削減する誘惑が生じがちです。その誘惑から逃れて、継続的に社員の報酬や人材開発に投資をする経営こそ、人的資本経営なのだと思います。

全12回にわたり「人的資本経営キャンバス」を用いた人的資本経営ストーリーの作成について解説して参りました。人的資本経営ならびに人的資本の開示が拡がりつつあるとはいえ、まだまだ“筋の通った”ストーリーになっていない企業が多いのが実態かも知れません。しかしながら、それぞれの企業が試行錯誤を重ねながら自社独自のストーリーを構築する点こそが重要なのです。

私が執筆した人的資本経営に関する2冊の著書や、様々な媒体で発表した報告書等は、人的資本経営に熱心に取り組み、成果を実感されている企業の事例が中心となっています。

今後は、人的資本経営の導入にチャレンジしながらもなかなかうまくいかない企業やこれから導入を考えているがどうして良いのかわからな企業のご支援をしていきたいと考えています。

人の力を高めて企業の持続的成長につなげる、これこそ我が国の企業がグローバルな競争の中で生き残る唯一のアプローチであると、私は信じています。

コラム著者プロフィール:

一守 靖(いちもり やすし) 事業創造大学院大学 事業創造研究科 教授

慶應義塾大学経営学修士(MBA)、同博士(商学)。ヒューレット・パッカード、シンジェンタ、ティファニー、NCR等の外資系企業、ならびにbitFlyer等のベンチャー企業における人事部門の責任者としてジョブ型人事制度の導入、社員教育、組織文化の変革、人事部員の育成等を推進すると同時に、複数の大学院において教育・研究活動に従事。現在、事業創造大学院大学においてMBA学生を相手に「組織マネジメント/組織行動論」、「人的資本経営とDX」などを教えるほか、法政大学経営大学院兼任講師、富山大学大学院非常勤講師、ピープルマネジメント研究所代表を兼務。専門は人的資源管理論、組織行動論。

 

主な著書:「人的資本経営のマネジメント:人と組織の見える化とその開示」(中央経済社 2022年)

「人的資本経営ストーリーのつくりかた―経営戦略と人材のつながりを可視化する」(中央経済グループパブリッシング 2024年)

CHROFYは、今後も、人事・経営・IR担当者に向けて「人的資本」に役立つ情報を定期的に発信していきます。

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